2月30日

役立つかもしれない情報をノートとして残しておく。

普段の通勤路で凍死しかけた話(フランス)

(・・・もう十分時間経ったし、いいよね?いいよね?というわけで再掲。。。)

 

私は現在、研究のためフランスに居住しています。仕事場である研究所から8 kmほど離れた村にあるアパートに住んでいるため、普段は車で通勤しています。

ところが、その車のエンジン警告灯が点灯してしまいました。走れないことはないんですが、確かにここ数日エンジンが非常にかかりにくく、セルモーターを1分近く回し続けてようやくかかるということも頻発していたので、メーカー代理店で診てもらうため1週間後に予約を入れました。

さて、しばらくは車が使えないわけですが、研究所へ通勤はしなければなりません。幸い、アパートから歩いて10分ぐらいところにバス停があり、研究所前まで路線が通じているので、車がないと通勤できなくなるというわけではありません。しかしこのバス、運賃がとてつもなく高くて、往復で8ユーロもします。1週間のバス通勤で40ユーロかかることになり、中々痛い出費です。通勤だけでなく、土日の買い出しなどもバスを使わないと行けませんし、車が直るのかもわかりません(現住所にいるのはあと数か月程度なので、あまりに修理費が高ければ廃車にした方が賢明です)。

・・・という話を日本人の知人にしていたところ、「自転車持ってるけど使う?」という話になりました。自転車があれば
・タダで通勤できる
・通勤以外でも、バスに頼らずに行動範囲を広げられる
おっ、これは!?自転車は研究所に置いてあるということだったので、その日の夜の帰宅時に使ってみることにしました。安物の自転車で、カゴが小さいので、PCやタブレットなどが入ったリュック(合計3 kgぐらい?)は背負っていく必要がありそうです。その知人は小柄だったためサドルがだいぶ低いのですが、高さを変えるには六角レンチが必要なようです。今持ってないですし、とりあえず今はまぁ良いでしょう。気温は氷点下ですが、普段着ているコートは厚手で保温性が良いので、これも大丈夫と判断しました。実際、当日の恰好で時々隣街まで2 kmほど歩くことがありますが、特に危険を感じたことはありません。帰り道は普段の通勤路なので、よく知っています(あとで書きますが、これが大きな油断でした。自動車で走るのと自転車で走るのは、まったく条件が違うわけで・・・)。というわけで、22:00頃に出発しました。

最初の試練は、研究所を出てすぐのゆるく長い上り坂でした。サドルの高さが合っていない上に、最近自転車に全然乗っていないですし、そもそも運動不足で体力が落ちているせいか、漕いでも漕いでも前進しません。途中で力尽きたので残りは押しました(この時、まだ先は長いのに力尽きるまで頑張ってしまったのも命とりだった)。でも、この坂を上り切ればあとは下り坂だし、その先は比較的平坦だから問題ないはず・・・と、その時は思っていました。

その後、坂を下ってラウンドアバウトを過ぎると、高速道路沿いにある自転車用の細い道に入ります。普段は高速道路側を自動車で走っていますが、今日は自転車です。街灯がないのに高速道路を走る車がハイビームで、中々前が見えない。。。で、しばらく走っていて気づいたことがありました。このあたり、いかにも中央ヨーロッパらしいなだらかな丘が続く丘陵地帯です。高速道路は比較的平坦に造られていますが、今走っている脇道はそんな甘い造りになっておらず、いちいち丘を上ったり下りたりするんですよね。そんな感じで、10 m以上あるアップダウンが3回はありました。そのたびに、最初の上り坂であったように「漕いでも漕いでも前進しない」状態になり、呼吸が荒くなります。外気は氷点下で、だんだん肺が痛くなってきました。さらに、上半身は防寒耐性万全でしたが、悪いことに下はジーンズ1枚だったので、寒さと疲労で徐々に足が攣り始めました。

なんとか、普段利用する高速道路のインターチェンジ付近までたどり着き、ここからは住んでいる街まで郊外の田園地帯の一本道です。ここも街灯がなく、車が100 km/h近くで飛ばしていくすぐ脇を走る必要があります。近くに民家などもありません。家まであと3 kmほどのこのあたりまで来ると、いよいよ自転車を漕げば足を攣るような状態になり、仕方がないので回復するまでしばらく自転車を押しながら歩いていくことにしました。・・・しかし、この寒さでは回復するどころか、疲労感は増す一方。しかし、周囲には逃げ場もありません。このあたりから、早く帰らないとまずいと少し焦り始め、無理やり自転車に乗っては50 mほど走って足の痙攣が限界にきて自転車を降りるということを繰り返し始めました。そんな調子で1 kmほどは前進しましたが、ついには自転車を押しながら歩くだけで足が攣るようになってきていました。

この時点で、まだ家まで2 kmほどあります。あと1 km前進すれば民家がや街灯がある場所までたどり着くので少し安心感がありそうですが、かといってコンビニなどがあるわけでもなく、この時間では開いている店もないので、温まれる場所もありません。さらに、アパートにたどり着くまでにあと2回ほど、10~20 mほど登らなければならない場所があります。このままだと途中で歩くことすらできなくなり、氷点下の中立ち往生するかもしれないという不安が・・・。ちなみに、この時点でいた場所は

f:id:sachiko-0230:20200226082211p:plain

ここ。昼は景色がきれいな場所ですが、見ての通り民家も街灯もなく、夜は絶望的な暗さになります。

道端でいったん休憩しようかと思い立ち止まりましたが、氷点下の気温の中で座ってみても、余計に体力を奪われているような感じしかありません。これは本当にやばい状況だと悟りました。ここで焦りが徐々に強くなり、とりあえず友人に電話をして助けを求めようと思いましたが、うまく電話番号を打てません。そもそも、電話しても彼につながる保証はありませんし、彼につながって来てくれることになったとしても、到着するまで20分とか30分、逃げ場のないこの場所で待ち続けなければなりません。救急車を呼ぶ?とも一瞬思いましたが、そういえばフランスでの救急車の呼び方を知りませんでした。これは本当にまずい・・・ということを悟った瞬間に強烈な焦燥感に襲われ、ある種のパニック状態に陥りました。一方で、あぁこれが「遭難」なんだなとか、この前軽装で撮影しながら富士登山して滑落したYouTuberは明らかに自分から危険な方向に向かっていたけど、その時こういう心理状態だったんだろうなーとか、冷静に考えている自分もいました。。。

で、そんな中で「とにかく次に来た車を全力で止めよう」という決意をしました。時間も遅いので交通量は少なく、5分に一台ぐらいしか来ません。しかもこのあたりは、先ほども言ったようにみんなかなり飛ばします。街灯もないので対向車から見えているのかもよくわかりませんが(反射材が付いたベストはちゃんと着ていました。これは重要だった・・・)、もう轢かれたら轢かれたで構わない!という覚悟で、次に来た車に全力で手を振りながら目の前に出ていきました。・・・その車が止まってくれたときの安心感。。。*1

この時止まってくれた若いカップルはとても親切で、明らかにやばそうな状態の私を見てすぐにアパートまで送ってくれることを了承してくれて(アパートは彼らが向かっているのと反対方向だったにも関わらず)、後部座席を倒して無理やり自転車を載せてくれました。車の中の温かさといったら・・・!心残りは、アパートについたときは手足がしびれて意識がもうろうとしていたため、mercy, mercy, ...とつぶやくのが精一杯でした。なんとか玄関のドアを開けて2階まで階段を上り、部屋に入ったらベッドに倒れこみました。生還できた・・・。 

しかし、時間が22:00ごろだったのはまだよかったです。普段、私は日が変わるまで仕事をすることがよくあります。その時間帯になると、現場付近の交通量はさらに減ります。気温ももっと低いです。本当に、助けを求めることもできずに命にかかわることになったかもしれません。気を付けたつもりだったにこうなったのは、予想以上に運動不足で体力が落ちていたということもありますが、何よりアパートまでの道のりを過小評価していたことが大きかったです。自転車とは言え普段車で走っていてよく知っている道なので大丈夫だろうと思っていたのですが、自動車と自転車は全く違いました。やっぱり、自動車って力があるんですね。車だと平坦だと思ってしまうような上り坂がかなりキツく、自転車だとものすごく体力を奪われました。あとで調べてみると、通勤路の最大標高差は100 m近く(実は、距離も6 kmほどだと思っていましたが実際には8 kmほどもありました)。これを氷点下の中ママチャリで行くのは自殺行為で、しっかりしたロードバイクのような自転車が必要です(たしかに、このあたりに住んでいる人はほぼ例外なくその手のしっかりした自転車に乗っています)。よく知っている道でも、車で走るのと自転車で走るのではまったく違いますし、日本で自転車に乗る感覚でフランスの郊外で自転車に乗るのは、大変危険で油断してはいけないのだなぁと学んだのでした。あと、緊急時に救急車の呼び方がわからないというのも、ちょっと能天気過ぎました。112、覚えた。

とにかく、無事に帰れて良かったです(翌日も、疲労感が残った程度で体調には問題ありませんでした)。冷静に考えて、40ユーロをケチらなければならないほどお金に困っているわけでもなく、なんで40ユーロがもったいないと思ったかと言えば、ただただ自分の貧乏性が原因です。でも、40ユーロのために死んだり、死ぬとこまで行かなくても深刻な事態になってしまったらもうあまたが悪いとしか言いようがありません。というわけで、100ユーロでバスの定期券を買いました。これでもう無敵です。

*1:フランス人、平均的にフランス語話さない人に冷たい印象がありますが、一方で本当に困った時の親切さは日本以上という印象もあります。以前にも、ラウンドアバウトの入り口でエンストした挙句バッテリートラブルでエンジンを始動できなくなったとき、若い2人組が近くの坂まで押し、坂で車を転がしながら押掛けでエンジンを始動してくれたということがありました。