2月30日

役立つかもしれない情報をノートとして残しておく。

博士課程院生の財政事情

学振DC1に採択された博士学生の財政事情を、それなりに厳密に計算してみました。

~おことわり~

  • 一人暮らし・独立生計の「東京都文京区に住む東大生」「愛知県昭和区に住む名大生」「大阪府豊中市に住む阪大生」をモデルケースとしました。選んだ理由はただの思い付きです。
  • 計算ミスや見落としはあるかもしれませんので、あくまで目安として受け取っておいてください。この数値を鵜呑みにして確定申告して追徴課税を請求されても知りません。
  • 給与の支払いは年度単位で確定申告などの決算は1月~12月とか若干ずれていますが、その辺は適当に誤魔化しています。

お金の計算計算・・・

計算方法は下に具体的に書きましたが、結果を先にお見せします。

文京区の東大生 名古屋市の名大生 豊中市の阪大生
給与 ¥2,400,000 ¥2,400,000 ¥2,400,000
国民年金保険料 ¥194,680 ¥194,680 ¥194,680
国民健康保険 ¥114,042 ¥122,287 ¥131,413
所得税 ¥85,564 ¥85,152 ¥84,695
住民税 ¥88,628 ¥85,544 ¥87,191
授業料 ¥267,900 ¥267,900 ¥267,900
残高(月額) ¥137,432 ¥137,036 ¥136,177
家賃(月額) ¥93,700 ¥52,500 ¥51,400
家賃差引後残高(月額) ¥43,732 ¥84,536 ¥84,777

授業料に関して、現在は恐らく多くのケースで学振研究員採用者の授業料は半額免除になっていると思われるので、半額免除を想定しています。

ただし、最近院生にとっては少し不安なニュースが出てきました。「高等教育の就学支援新制度」の文部科学省によるQ & Aによると[1]

Q67 大学院生は新制度の支援対象になりますか。
A67 大学院生は対象になりません。(大学院への進学は18歳人口の5.5%に留まっており、短期大学や2年制の専門学校を卒業した者では20歳以上で就労し、一定の稼得能力がある者がいることを踏まえれば、こうした者とのバランスを考える必要があること等の理由から、このような取扱いをしているものです。)

という議論を呼ぶ回答がなされています。現行の制度は維持されますし、すべての学部生がこの制度の対象になる訳ではないく、財源としては消費税増税分が使われるとのことですが [2]、それでも院生にとって不安が無いわけではないです。来年度の新制度施行までに消費税の増税がなされる保証はないですし、でも制度は施行された場合、不足した財源を大学の収入の範囲で賄うためにもっとも帳尻を合わせやすいのは、大学院生の授業料減免です。さらに大学院生の中でも一定の収入のある学振研究員採用者が優先的に授業料減免の対象外となる、というのは悲観的でありつつ有りうるシナリオだと思います。

もし授業料減免が許可されなかった場合、財政は以下のようになります。

文京区の東大生 名古屋市の名大生 豊中市の阪大生
... ... ... ...
授業料 ¥535,800 ¥535,800 ¥535,800
残高(月額) ¥115,107 ¥114,711 ¥113,852
家賃(月額) ¥93,700 ¥52,500 ¥51,400
家賃差引後残高(月額) ¥21,407 ¥62,211 ¥62,452

以上の表の中で、家賃差引後残高(月額)の中から

  • 光熱費・水道代
  • 通信料(インターネット・携帯電話)
  • 食費
  • その他雑費

などを支払うことになります。

給与

2,400,000円/年とする。(とする、も何もないですが。)

国民年金保険料

1年前納(192,790円/1年分)、2年前納(379,640円/2年分)という方法もありますが、恐らく前年まで収入のない博士課程学生には借金でもしない限り現実的に厳しいと思うので、まぁこれなら何とか?と思われる6か月前納(97,340円/0.5年分)の利用を前提としました [3]。

国民健康保険

金額の算出には「国民健康保険の自動計算サイト」[4] を利用しました。1年目は前年給与が0円、2年目以降は240万円とします。厳密ではないですが、大差は出ないのでこれで良しとします。また、年ごとの保険料の違いは所得税、住民税に影響しますが、面倒なので3年間の平均値のみ使います。

文京区 名古屋市 豊中市
1年目 15,600円/年 16,660円/年 19,923円/年
2~3年目 163,233円/年 175,100円/年 187,158円/年
平均 114,042円/年 122,287円/年 131,413円/年

所得税

以下、計算に使った数値は [5] から引用しました。所得税の計算は

税額 = (給与所得 - 控除額) × 税率

です。適用される控除は

いずれの場合も240万円から控除額を差し引いた課税所得金額は195万円以下なので、税率は5%になります。

住民税

住民税の計算は複雑なので、本当に合ってるか自信はありません。。。基本的な計算は、以下の流れになるようです。基本的な出典として東京都文京区のものを上げますが、他の2自治体でも同様の計算になります。

(1) 所得割額の計算

まず課税標準額を求めます。これには

課税標準額 = 給与収入×0.7 - 180,000円

という式を使います([6]の「所得の種類」→「総合課税されるもの」→「総合課税」の「給与所得速算表」にある)。給与収入は4,000円を単位として切り捨てますが(例2,405,000円→2,400,400円)、今考えている給与収入は常に4,000の倍数なので関係ないですね。結果、課税標準額は1,500,000円となります。

住民税の場合には、基礎控除33万円(所得税とは異なる。[6]の「所得控除の種類」→「人的控除」の表にある)と社会保険料控除(これは所得税と同じ)が適用されます。

税額は

税額 = (課税標準額 - 控除額) × 税率

で決まります。税率は以下の通り。

文京区 [6] 名古屋市 [7] 豊中市 [8]
区・市民税 6% 7.7% 6%
都・県・府民 4% 2% 4%
合計 10% 9.7% 10%

(2) 均等割額

住民税のある部分は、所得によらず一定に設定されています。均等割額の部分は以下の通り。

文京区 [6] 名古屋市 [7] 豊中市 [8]
区・市民税 3,500円 3,300円 3,500円
都・県・府民 1,500円 2,000円 1,800円
合計 5,000円 5,300円 5,300円

(3) 調整控除額

最後に調整控除額ですが、名古屋市の場合しかわからなかったので、文京区と豊中市の場合は名古屋市と同様の計算方法と仮定しています。いずれにしても精々2,000円程度の話なので、結果に大きな影響はないです。

名古屋市の場合は、基礎控除が50,000円、それに市民税調整控除率4%と県民税調整控除率1%がかかるので、結果2,500円になります [6]。

最終的な税額は

税額 = (1) + (2) - (3)

で決まります。

授業料

今回考えている3大学のいずれも、大学院生の年間授業料を535,800円としています [9, 10, 11]。前述のとおり、授業料は半額免除 or 免除不許可になることを想定しました。

家賃

家賃の相場は、LIFULL HOME'Sのウェブサイト [12] を使って調べました。間取りは1Kとしています。

文京区 名古屋市昭和区 豊中市
相場(月額) 93,700円 52,500円 51,400円

これについては、必ずしも学生向けアパートではない物件(大学から遠い物件など)も含んでしまっていたり、そもそもの情報の信頼性がよくわからないので、誤差が大きいと思われます。

考察

算出された数値を見た私の感想は、以下の2つです。

家賃の負担に大きな差があり、不公平。

前節の東京都文京区の家賃相場は少し高すぎる気がしますが、それでも都区内のアパートだと安い物件を選んでも他の都市の相場+2万円はするのではないかと思います。手元に残るお金が精々10万円ちょっとの中での2万円の差はかなり大きいですし、例えば東京都区内(あるいはそれと同等の家賃相場の地域)に住まなければならない人に対しては、上限2万円程度の家賃補助を出してもいいような気はします。補助対象者は全員ではないですし(直観で全体の20%ぐらい?)、現行の特別研究員奨励費予算から削り出しても全く問題ないレベルで、割と現実的だと思います(実際に運用するにあたっては、じゃあどこの誰まで補助するのかという話は絶対に出てくるので、本当に現実的かどうかは知りませんが。。。)。

「23区内に住むのは贅沢だから郊外から通えばいい」という意見もあるかもしれませんが、毎日片道30分余分にかけて郊外から満員電車で通学するとすると、学振研究員の給料が時給換算で約1,300円とすれば、月当たり1,300円×20日 = 26,000円の損失になります。結局、家賃補助を出した方が損失も抑えられるし手っ取り早いと言えます。

授業料の負担が大きすぎる

学振研究員採用者にとって国民年金・健康保険料の負担が大きいとはよく言われますが、授業料の負担が半免でもそれと同等、一切減免されなかった場合にはその2倍になっています。大学院生、特に博士課程の院生は授業を受けるどころか、むしろ最先端の研究成果を生み出し、論文を出版し、大学に利益をもたらす側であるにもかかわらず。各国出身の研究仲間や学生にこの話をして It doesn't make sense! と言われるのは、もはや自分の中で鉄板ネタになりつつあります。アメリカの名門私立大学の学生からとてつもない授業料の金額を聞いたことはありますが、少なくとも国立大学でここまで大きな授業料を支払わせている国は僕は知りません。

各先進国や新興国と比べたら科学技術を重視していないなど文化的な違いはあると思いますが、さすがにこの額の「授業料」を学生の自腹で支払わせているのは"異常な状態"と言っていいのではないでしょうか。大学の財源も限られている中で「来年から院生の授業料はゼロにします」なんてやった日には大学が倒れてしまうということは理解していますが、それでももう少し何とかなればなぁと思います。

最後に

以上、学振DC1に採択された博士学生の3年間のお財布事情をまとめてみました。ただ大事なのは、これはごく一部の優秀な(あるいは、ラッキーな?)人たちの話です。文部科学省の資料 [13] によれば、年間180万円以上の経済的支援を得られている博士課程学生は全体の10%に過ぎません。これには学振研究員制度以外の奨学金等によって経済的援助を得ている学生も含まれている数字です。つまり10人に9人はほぼ無給で

  1. 両親に頼る
  2. バイトする
  3. 借金をする
  4. 心頭滅却して空腹に耐える

のいずれかの方法をとるしかないのが現状です。2~4番目の選択肢はリスクが大きかったり研究時間を割かれたして損失も大きいので、これらの中では結局「両親頼み」がもっとも現実的な選択肢になるかと思います。しかしこの選択をできる人とできない人がいて、できない人はいくらその人が将来的に素晴らしい価値を生む可能性をもっていても研究を継続できなくなってしまいます。これは学術の発展のいう観点からも不利益のはずです。

さて、こうやって日本の諸問題を考えていると、海外の博士学生の財政事情が気になってきます。次はそれを探ってみようと思います(もしできれば・・・)。


[1] 文部科学省 高等教育段階の教育費負担新制度に係る質問と回答(Q&A) www.mext.go.jp
[2] 文部科学省 高等教育の修学支援新制度 www.mext.go.jp
[3] 日本年金機構ウェブサイト 国民年金前納割引制度(口座振替 前納)|日本年金機構
[4] 国民健康保険の自動計算サイト 国民健康保険料と任意継続保険料を計算シミュレーション!退職時の保険を比較しよう!
[5] 国税庁 所得税の仕組み https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_1.htm
[6] 文京区 住民税の計算 https://www.city.bunkyo.lg.jp/tetsuzuki/zeimu/juminzei/juminzei3.html
[7] 名古屋市 市民税・県民税の計算例 www.city.nagoya.jp
[8] 豊中市 税額の計算方法 https://www.city.toyonaka.osaka.jp/kurashi/sizei/kojin/keisan.html
[9] 東京大学 授業料、入学料、検定料の額 https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/tuition-fees/e03.html
[10] 名古屋大学 授業料について www.nagoya-u.ac.jp
[11] 大阪大学 授業料・入学料 https://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/student/tuition/tuition_info
[12] LIFULL HOME'S https://www.homes.co.jp/chintai/
[13] 文部科学省 中央教育審議会大学分科会 大学院部会(第81回)資料5 http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2017/07/24/1386653_05.pdf(該当ページはp. 14)